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日々見たものや思ったことがらをだらだらと
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「DETENTION OF THE DEAD」 日本劇場未公開 2012 監督:Alex Craig Mann
「ゾンビ大陸 アフリカン」のお話をさせていただいた回で、
ゾンビ映画について少々語らせていただきましたが、
その時に少しばかり書き漏らした事があります。

ゾンビ映画が人を魅了して止まないのは何故か?
という部分についての話になる訳なのですが、

そこを語る上で最重要項目となるのは間違いなく、
「自分がもしその状況に置かれたとしたら?」を
想像し易いところであると繰丸は思う訳なのですね。

まぁ他のジャンルでもそういう事を想像したりするものでしょうが、
ゾンビ映画の場合、少々特殊な感じなのです。

大概のモンスター映画というのは、
モンスターは弱点こそ設定されてはいるものの、
基本的にわりと絶対的で特殊な能力や知識のある人間か、
或いは何かしらの偶発的な要因に頼る事でしか倒せない物です。

でもゾンビは違います。

動きも緩慢で知能も高くなく、
「頭を破壊すればよい」という弱点は、
ちょっとした棒一本でも突いて倒す事ができる物です。

場合によってはちょっとひっくり返しただけで、
何かに頭をぶつけて機能停止したりもする事もあるのです。

おそらく単独の強さとしては健康体の普通の人間よりも
低下していると言えるのではないでしょうか?

でもその弱さがわりと肝になっているのですね。


他のモンスターたちと違って、
観ている側が「自分でもなんとかできるのでは?」と
そんな事を思ってしまうところが魅力に繋がっているのですね。

ゾンビ映画を観た事のある方なら考えた事があるのではありませんか?

この状況に自分が置かれたとしたら、
あんな集団に囲まれて詰むようなヘマを踏まずに、
もっと上手くやって生き延びる事ができるんじゃないか?とか、
そんな事を。

繰丸もそんな事は当たり前に妄想したりしますよ。

映画の設定内に自分を当てはめるだけではなく、
もし自分の身近でゾンビが発生し始めたら?みたいな事まで。


そういう妄想を捗らせるもう一つのポイントとして、
日常との地続き感があるというのも大きいでしょう。


ゾンビは異世界や宇宙からやってきた怪物でもなければ、
古城や山奥といった秘境に潜んでいた伝説の存在でもありません。

あくまで「どこにでもいる」「平凡な」人間が変質してしまった存在です。

しかもほぼそのままの姿形を残して怪物化するのです。

得体の知れない怪物ではあるのですが、
その元となるのは家族や隣人だったりもするという辺り、
自分ならどうする?という想像への導引がスムーズなのでしょう。

あとは自分自身の日常に状況を当てはめるだけで良い訳ですからね。

さらに先に触れたモンスターとしての弱さにも絡む話ですが、
それが特殊な武器や知識も技能も不要で、
日常で手に入る範囲の道具でも倒せるとなれば、
これはもう妄想シミュレートせざるを得ないでしょう。

武器として何を使うか?
その道具をどこで調達するのか?
食料はどうやって調達するのか?

そんなものは現実では全く有り得ない想像でしかなく、
もう本当にバカバカしい妄想に過ぎない訳なのですが、
おそらくゾンビ映画が好きな方はそういった空想で、
いくらかの時間を潰した経験があるのではないでしょうか?

他の映画でもその種の空想をすることはきっとある事でしょうけれど、
ゾンビ映画のそれはやはり特殊な感じに思えます。

単純に映画内の状況に自分を置くのではなく、
逆に自分の身の回りの日常に映画の状況を当てはめるという、
そういう方向で空想するというのは類を見ないのではないでしょうか?
サバイバルを強いられる主人公ご一行の面々です
さて、また前置き長いですね。悪い癖です。

ジャンルムービーとしてのゾンビ映画が定着して、
四半世紀以上が経過しています。

これもまた前回でも触れた話なのですが、
その間に本当に膨大な数のゾンビ映画が作られました。
そしてその数の何倍ものゾンビについての空想がなされた事でしょう。

当然ファンの間ではそういった妄想が付き物であるジャンルであることを、
踏まえたメタ的な要素を含んだ映画も作られたりします。

今回紹介させていただく「ゾンビ・ハイスクール」は、
まさしくそんな映画です。


ここは補習授業が行われる放課後の教室。

そこには補習の常連であるゴス少女ウィロー、薬の売人アッシュに加え、
アメフト部の脳筋ジミーや、学校内での破廉恥行為が見つかり、
補習に参加させられる事になったブラッドと、
その彼女で学園のクイーンであるジャネット、
そして何故か成績優秀なはずのいじめられっ子エディの姿もあった。

先生もやってきて普通に補習授業が始まるかと思われたが、
身体の不調を訴えていた生徒、マークが突然豹変し、
先生に襲いかかった為に教室内はパニック状態に。

先生は首を噛まれて重症を負い、
怪物化したマークはなおも襲い掛かってくる。

エディたちはマークを教室に閉じ込め辛くも廊下へ脱出するが、
校内はすでに怪物化した生徒や教員で溢れかえっていた。

とりあえず職員室に逃げ込んだ一同は、
さらに強固に守りを固めて立て篭もる場所として
「死んでも生徒が誰も行きたがらない」図書室を選び、
そこを目指す事となる。

エディ、ウィロー、ジャネット、ブラッド、
アッシュ、ジミー、そして先生。
果たして彼らは生き残る事ができるのか?

ゾンビマニアでもあるエディとウィローの知識だけを足がかりに、
彼らの学園サバイバルが始まる!


とまぁこんな感じのお話な訳ですが、
基本的にはよくあるアメリカンスクールもの+ゾンビもので、
しかもコメディです。
(スクールカーストなんかもある程度踏まえた上での話にもなっています。)
基本的にバカっぽいコメディです
基本こんなノリです
学園モノ+ゾンビものという取り合わせは、
国内の創作物でもわりと見ますよね。

それだけ状況を組み立て易く、
誰もがイメージし易いシチュエーションなのでしょう。
色恋沙汰も織り交ぜやすいですからね。

「学園内で気になるあの娘とゾンビパニックに巻き込まれたら?」
本作もそういう分り易い、実にシンプルな妄想の延長線上にあります。

やはりゾンビ映画の基本は特殊状況下の人間ドラマであり、
それが故の懐の深さというところなのですね。
そういう惚れた腫れたの話の受け皿にだってなる訳です。


しかし単にそういった好きの嫌いの話のみではありませんよ、
この映画。


その手の学生同士の甘酸っぱいだけの話ではなく、
スクールカースト下位でいじめられっ子に甘んじている、
エディの成長の物語でもあるのです。

危機的状況下で役に立たないカースト上位の人たちと、
オタク知識を駆使したりして危機へ立ち向かう下位の人たち。
その中で徐々に『自分』を取り戻してゆくエディ…

基本的にチープでお馬鹿でお下品な映画ではありますが、
各キャラクターの描写やセリフのやり取りが結構秀逸で、
わりとぐっと来る場面も多いです。

いい加減なおバカ映画と見せかけて、
かなり立派に青春モノしてるのですよね。

そして本作を語る上で外せないのは
何をさておいてもエンディング曲です。

ちゃんと歌詞にも字幕を入れてくれているのは、
配給会社さんもよく解ってらっしゃる!

だからこの映画もスタッフロールが始まったからと、
即切りしてはいけませんよ?


こんな感じでアホらしくてステキな愛すべきゾンビ映画ですので、
ジャンル的に好きだという方は是非ご覧になっていただきたい。

ちょっとマニアムービー的なところもあって、
そういう部分が気になっちゃう人は苦手に思うかもしれませんが。

前回紹介させていただいた「ゾンビ大陸 アフリカン」とは
色んな意味で対極にある作風の作品ですけれど、
クラシックなゾンビ映画への愛情という点では
どちらも共通しています。

セルDVDも500円と大変お求めやすいお値段で手に入りますし、
おそらくその値段分は十二分に楽しんでいただけるのではないかと。

かなりオススメしちゃいますよ。


では今回はこんなところで。
お付き合いありがとうございました。
こんな状況ですがエディくんはやる時はやる男なのです
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