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日々見たものや思ったことがらをだらだらと
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橋の真下には撤去自転車置き場もあります
今回はちょっとした遠征スペシャル的な徘徊です。
まぁ時間や距離として考えれば
いつもとそう変わらない感じに収まるのでしょうけれども、
ついにメガネ橋を渡るというところに
スペシャル感を見出していただくという感じでひとつ。

さて、途中の水分補給の為のお茶も準備しました。
橋の上には自販機もありませんからね。
時刻は2:40。
いざ登頂開始です。



ちょうどど真ん中の地点です
 
はい着きました。
最頂部です。

実にあっさり気味ですが、
上りの時間をある程度しっかり把握しておきたかったので、
途中で写真等で止まる事なく歩いたせいでこんな感じになっちゃいました。
ただいま2:47。つまり上り7分ほどですね。

螺旋状の道は車への負荷を抑える為か
勾配としてはさほど急になってはおらず、
距離こそそこそこあるもののさして難物ではありません。

やはり歩道の道幅はあまり広くないので、
自転車などとすれ違うとちょっと怖いのが難点というぐらいでしょうか?

今回も数度自転車が脇を抜けていきました。
おじさんだけでなくおねーさんもいました。
こんな時間ですがわりと人の行き来があるのは驚きです。

あと難点というではないですが
最頂部の直線部分はわりと風などで撓んで揺れるので、
微妙に脚が竦む思いをしました。
なにせ高いですしね。
真下が夜の運河だと考えると
「これ突然崩れたら確実に死ぬなー」とか不安になったりします。

さてここからは下りです。
自転車の場合お楽しみボーナスステージ突入というべきところです。
が、繰丸は徒歩です。
下りもしっかり自分の脚で歩かなければなりません。
さきほど自転車のおじさんが軽快に降りてゆきました
メンテナンス時に閉じる車道用ゲートです
 
「口裂け女が出る」とか言われたりもしてました
はい渡りきりました。
時刻は2:59。

下りでは撮影などもやりながらですから、
上りと違ってちょっとしたタイムロスを含んでいますので、
歩くのに集中すれば渡るのにだいたい15分程度というところでしょう。
いつもの徘徊で通りを一つ越えるぐらいの時間ですね。
ただ普通の通りを歩くのと違い、
基本的に本当に歩くだけになってしまう道のりですので、
体感時間としてやや長く感じます。


ここはめがね橋を渡った場合、絶対に来ようと思っていた通りです。
実は幼少の一時期、この辺りに住んでいた事があるんですね。
ナニゲに今回は懐かしスポット訪問という側面もあるのです。

この通りはメガネ橋の前を通る道路から
商店街のあるメインストリートに抜ける事ができる道です。

メガネ橋前の道路はナニゲに便利な直線道路だったり、
(道沿いに進むと大正区をあらかた縦断できるようになってます)
その道路沿いに公園があったりもしたので、
遊びに行く際にはよくここを通ったものです。
丁度ぼちぼち小さな子供自転車を卒業し、
大人と同じ自転車に乗り始めて
活動圏が飛躍的に広がりだす時期だったということもあり、
ここから色んなところへ飛び回っていたのですね。

工場と工場の間を抜けるかたちで走る道の為、
狭い上に両側に高い壁があって薄暗くなるので、
慣れ親しんだ道ではありましたが
日が傾きだしてから通るのは怖い感じでした。

昔は結構長い道のように思っていましたが、
今見るとそうでもないですね。
大人と子供の距離感というかスケール感の感じ方の差を実感します。

そういえば当時はこのようなガードレールはなかった気がします。
わりと車もここを抜けて来るので危ないと判断されたのでしょうね。
公園の入り口にもでっかい石の鳥居があります 綺麗なトイレも完備(当時はなかった気がします)
 
曰くありげです(リアルな方向も含めて)
通りを抜けて少し歩くと左手に公園があります。
神社の一部が公園になっているんですね。
敷地的には公園部分の方が大きいのですが。

子供の頃は「タタリがある」とか何とか言って、
皆社の方には近づきませんでした。
いったい何のタタリなのかなんて具体性もなく
実に適当な事を言って怖がっていたのですから、
神様にとってみればとんだ風評被害です。

公園部分についてですが、やはり遊具関係は閑散としてますね。
でも当時もわりとグラウンド成分が多めの公園だったような記憶もあります。


公園周辺はすっかり綺麗な住宅街になってましたが、
この一角だけ取り残された感じで異様を晒していました。

人…住んでるんでしょうか?
真っ暗で扉も塞いであったり窓も開いたままになってる気がしますが、
ちょっと怖くてしげしげ確認する勇気が湧きません。
もし空き家という事なら、何かしら怖いうわさ話とかありそうです。
丁度近所に小学校もありますからね。
そこに通ってる子どもたちがまたタタリがどうとか言ってるかも知れません。


という訳で小学校です。
通っていた期間としてはだいたい2年強ぐらいでしょうか?
途中入院していた時期もありますので、
実際に通っていたのはもう少し短い期間になると思います。
そんなこんなもあって学校じたいについては
実はあまり覚えている事はありません。
友達だとかそういう部分はわりと記憶に残ってるんですけどね。
よほど関心外だったという事なのでしょう。
学年にして3学年は過ごしていて
先生も3人ほど変わっているはずなのですが、
入院時にお見舞いに来てくれた先生の事しか憶えてません。
転任してきたばかりの先生で、
しかもその学年の途中でまた転校もしたので、
接した期間としては本当に短い間だったはずなんですが、
記憶にあるのがその先生のみというのも不思議な感じです。


学校の前にはその向こう側の通りに抜ける事ができる、
まるで路地のような狭い市場通りがあり、
丁度学校の真ん前の位置には文具屋が入っていました。
しかしその通りじたい跡形もありませんね。
超立派なマンションになっちゃってます。

小学校前に来るまでに通った商店街についても
終始「こんなだったっけ?」的な感じの状態でしたが、
すっかり街の構成じたいが変わっちゃってるんですね。
そりゃそうです。
本当に転校してここを離れて以来に近い状態な訳ですから。
浦島太郎もいいところです。
学校3つ替りましたが2つめの学校です
気持ちいいぐらい面影皆無です
 
お菓子の買えるお店が近隣に2つもある優秀な公園です
道沿いにある範囲で当時の同級生の家を求めてみましたが、
軒並みそれに当たる家は見つからず、
ずっと「こんなだったっけ?」状態が続きます。
通りに面した場所にあったのはだいたい商売をしていた家なので、
その辺りは仕方ないのかもしれません。
ご商売を畳んで普通の住宅になっていただけなのかも知れませんし。
間近までよってしげしげ表札まで確認して回る勇気も
さすがにありませんから。なんせ繰丸はチキンなので…

ちなみに当時住んでいた家も全然別物になってました。
写真には撮ってませんけどね。

そんな感じで歩いているうちに当時住んでいた家から、
もっとも近い公園に着きました。

おそらくもう本当にギリギリの世代だったのでしょうが、
紙芝居のおじさんが回ってきて、
そのおじさんの売っているお菓子を食べるのが大好きでした。
でも親からは怒られるんですよね、
不潔なお菓子を買い食いするなとか言って。

紙芝居の内容の方はもう物語のある物ではなく、
なぞなぞとかそういう軽い物しかやってなかった気がします。

話はがらりと変わりますがこの公園、
近隣の他の公園と異なり、少し高台になってるんですね。
この辺りもまたすぐ近くに運河が控えているということで、
ここもまた臨時の避難所としての役割を持っていたのでしょう。
その昔は台風が来る度に床上レベルで浸水が起こったそうですし。
今ではもう全然想像のつかない話ですが。
そもそも台風じたい来ないですし。


さてよい時間なのでぼちぼち引き返そうと歩いていると、
なんともインパクトあるものを発見。
観音様でしょうか?
確実に当時はこんなのありませんでした。
リサイクル業者?のシンボル的なもののようですが、
どういう由来があるんでしょうか?
隣には2匹の鹿の像もありました。
これって何観音様なのでしょうか?
こちらは歩道用のゲートです
 
はい戻って来ました。
帰りは写真も撮らずに歩くのに集中しました。
やはりだいたい15分弱ってところですね。
帰りには同じくウォーキングをしているらしきおじさんともすれ違いました。
純粋に運動目的であるならうってつけのコースだと思います。
適度な傾斜もあって道も綺麗ですし。
ただ繰丸としてはやはり退屈です。
単に黙々と歩くだけになるのは苦痛一歩手前です。
その労力そのものはわりと気にならない程度ではあるんですが。


折角なので渡し舟の方の写真もと思って渡船所まで来てみれば、
ヒイッ!?なにこれマジ怖いんですけど?
すごい勢いで注意書きの看板が並んでる中、
ずらりと献花されてます。
近々で事故でもあったんでしょうか?
まだ匂いもしっかりとしているところを見るに
花も結構真新しい感じがしますし。

どうにも思い当たりませんが、何か大惨事の様相です。


上落合と違い桟橋手前まで出る事ができますが、
やはり待合室手前で施錠された門が閉じられています。
そうでもしてないと中で寝る人だとか
悪さしようとするヤンチャな人がいますからね。

現状あのお花を見ると
そうそうここで何かしようという気も失せると思いますが。


はてさて今回はちょっとしたスペシャル版でしたが、
思ったほど気持ちの中で膨らむものがありませんでした。
過度に何か期待していたでもないのですけれど、
それが正直な感想です。

ただそういう気持ちになる理由もなんとなく解ります。
きっとあの辺りで過ごした時期の自分が
あまりにも幼かったからという事が大きいのでしょう。

自分が遊んだりした場所の「点」の部分の記憶こそ
それなりにあるのですが、
その他の部分についてはかなり曖昧にしか覚えていなかったのです。
つまり「ここにアレがあったのに」などと
頭の中で照らし合わせる事ができる部分が
ほんのポイント単位でしかなかったと。

それは過ごした期間の問題ではなく
自分の活動圏という切り取られた「場所」と単位でしか
世界と向き合えてなかったんですね。
地域そのものを含めた「生活活動」というレベルで
自分の中に根付くような年齢に達していなかったのでしょう。

つまり今回歩いた場所というのは
知っている場所以外は全然知らない土地のようなものだった訳です。

担任の先生をよく覚えていないというのも
そういう根っこがあるのかも知れません。

おそらく同じコースでもう一度ということは無いと思いますが、
またメガネ橋を渡ってくる事がある場合は、
昔懐かしい場所を巡るのではなく、
何か新しい場所を開拓しに来たという頭で歩くべきなのかも知れません。

まぁ当分はいいかな?という感じではありますが。
なにやら運動量以上に気持ち的に「疲れた」という気分です。

…今日は少しゆっくりめに湯船に浸かるとしましょうか。

では今回はここまで。
お付き合いありがとうございました。
例によって変なもの写ってませんよーに
電光掲示板とか何げにハイテク化されてました
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