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日々見たものや思ったことがらをだらだらと
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この段階では「まぁ適当に止むだろ」ぐらいの頭でいました
夏休みがどうだとかお盆休みだのどうだの話題にしたり、
そんな話をしたのがついこの間だったりする訳ですが、
気がつけばもう秋雨前線がどうたらこうたらなどと
天気予報で目にするようになっていたり、
いやはや光陰矢の如しとは言ったものだなーとか、
そんな事を思ったりする繰丸な訳ですが、
皆さんいかがお過ごしでしょうか?

本当なら昨日は徘徊ネタで更新するつもりでしたが、
あまりにも歩いただけな内容で、
しかも過去一度深夜にも徘徊した場所でもありましたので、
ちょいとお蔵入りさせる感じと相成り、
じゃあ明日ちょっとがんばって変わったとこ行こうかーとか、
そんな事を思っていたらこれですよ。

雨降ってますねぇ…なんだかいやーな感じで、
弱い雨がねちねちじとじと降る感じで。

昨日の今日でなければ、
「あー無理無理、今日はもう映画ネタでー」とか
なっていた所なのですけれど、
さすがに今回はそうも行かないなーと出てきた訳ですが…

まぁなんとかなるでしょう。
傘なしでも歩けそうな降り方ではありますし。

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「SEXYKILLER, MORIRAS POR ELLA」 日本劇場未公開 2008 監督:Miguel Marti
ホラー映画というのは実に混沌としたジャンルで、
その先から枝分かれするスラッシャー物、ゾンビ物、
ゴア物、サイコ物などといった細かなサブジャンル分けのうち
様々な要素を併せ持つとりあえずなんでも入れとけというノリの
ゴテ盛りのような、どのジャンルとは特定しがたい
実に不思議な映画が生まれてくる事が結構な割合であったりします。

これも以前お話させていただいた通り、
ホラー映画というの例えるなら駄菓子のような、
そういう雑さをも許容されやすいジャンル故に、
ポジティブに表現するのであるなら「意欲」を
作る側も込めやすい土壌があるのだと思います。

単にあれもこれも乗せておけば、
どれかの要素がひっかかるだろうという考えの上で、
そういうものが生まれてくるのかも知れませんが、
まぁそこはそれです。

我々観る側の人間は出来上がった物をただ、
面白い面白くないと判断するのみですので、
どういう意図を持ってそれが生まれてきたのか?
という部分はあまり深く考えなくてもよい事かも知れませんね。

「UNDEAD」 アートポート 2003 監督:Peter Spierig/Michael Spierig
ゾンビ映画の源流を「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」以前に遡ると、
「地球最後の男」(1964)という映画につき当たります。

世界に謎のウィルスが蔓延し、
それに侵された人は全て夜にしか活動できない吸血鬼と化した世界で、
ただ一人生き延びた男ネヴィルの孤独な戦いを描いたもので、
こちらに登場するのはゾンビではなくあくまで吸血鬼なのですが、
その吸血鬼の描写を始め様々なゾンビ映画的要素の大元が、
すでに揃っているのですね。

怪物化の原因がウィルス感染であったり、
それに対する抗体や血清等にも触れられていたりと、
むしろ後発作品が取り入れてゆく要素がすでにこの段階で揃っている辺り、
「地球最後の男」のネタとしての先進性や普遍性には驚かされます。

そしてもう一つ注目すべき点は、
本当の加害者は誰であったのか?という部分が
物語の核心部分であるという点ですね。

この辺り1971年にリメイクされた「地球最後の男オメガマン」では
劇中ストレートにセリフとして出てきますが、
「この世界から見れば人間であるお前こそが怪物なのだ」と、
主人公のネヴィルは吸血鬼たちに言われてしまうのです。

同様の視点で藤子F先生も「流血鬼」という短編を執筆されていますが、
短いページで「地球最後の男」の要素を凝縮した傑作短編ですので、
興味が湧いた方は是非一読していただきたいです。

「THE QUICK AND THE UNDEAD」 日本劇場未公開 2006 監督:Gerald Nott
ゾンビ映画の多くは「事の始まり」を描いた物が多く、
日常が崩壊してゆく渦中に主人公が巻き込まれ、
サバイバルを繰り広げる…というパターンがほとんどです。

そしてもう一つのお決まりのパターンとしては、
ゾンビ発生という事態については、
その原因が明らかなものもそうでないものも、
大凡その現象そのものが終息するところまでは
描かれたりしない事が多いです。

だいたいは主人公たちの立て篭もりサバイバルや、
脱出劇についてどうなったか?に焦点が当たっており、
その顛末を語る部分でお話は終わります。
(あくまで「だいたいのパターン」の話ですので、
当然例外もありますけどね)

まぁそうなるのも解ります。
これもまた何度も語らせていただいている事ですが、
やはりゾンビものというのは人間側のドラマが中心な訳です。

乱暴な言い方をすれば
ゾンビが発生しているという事については、
単に舞台背景的な設定に過ぎない訳で、
実のところそれほどプライオリティの高い物でもないのですね。

今日は空を綺麗に撮るのをテーマとしてみたいなーなんて
最近色々とアレな感じな事が重なるので、
ちょっと厄祓い的な意味も込めて徘徊を兼ねて
護国神社にお参りに行こうかと思います。

これまでも色々な神社等に行ったりしていた訳ですが、
思えばその中でまともにお参りしたのは、
安倍晴明神社の時ぐらいなので、
そういうのも良くなかったのかしら?と最近思い始めています。

まぁ神様にちゃんとご挨拶もしないで
写真だけ撮ってサッサと帰ってきていた訳ですから、
相当バチ当たりな感じではあります。

今後は改めるとしましょう。


さて、南側へ向かう場合は
だいたい表の大通り沿いに歩く事が多いので、
今回は少し趣を変えて高速道路沿いにずっと進んでみましょう。

日陰が多いせいでしょうか?
気持ち暑さがマシな気がします。
といいますか、季節的に暑さのピークは
すでに越えちゃっているのかもしれませんね。


おなじみ南港通です。

よく徘徊時の軸となる通りですが、
此方側から通りへ出るのはちょっと新鮮ですね。

今日のところは特にこの付近に用はありませんので軽く素通りです。

まぁ実を言うと昨日もここまで買い物に来ていたんですけどね。
散歩がてら買い物に…とか言って
この近辺まで歩いて来ている事を考えると、
やはり自分の中で何か軽く麻痺しつつあるのかも知れません。
もう何度足を運んでるのでしょうかね

「BIO ZONBE/生化壽屍」 日本劇場未公開 1998 監督:葉偉信
ハイ、またもゾンビ映画のお話な訳です。

これはもう繰り返し語らせて頂いた通り、
ゾンビ映画というジャンルは本当にとんでもない数の作品が存在しており、
それは未だに増殖を続けています。

ゾンビ映画に限らず元々ホラー映画全体にそういう部分があるのですが、
お菓子で言うならば駄菓子のような扱いのジャンルでもあるので、
本当に素人丸出しの自主制作映画をひっぱってきてソフト化したりだとか、
玉石混淆と言えば聞こえは良いですけれど、
ある種の掃き溜めのような状態な訳ですね。

そしてそれらのほんの一部が、
有名作品にあやかるべく勘違いを招くような邦題をくっつけられたり、
ただ安易に「○○・オブ・ザ・デッド」だとか、
舞台となる場所、或いはゾンビ化する対象物の頭か後ろに
単にゾンビとつけただけの「○○ゾンビ」みたいな
本当に安易な邦題を付けられたりして
日本国内にも入ってきたりするのです。

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