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「DRACULA 2000」 アスミック・エース 2000 監督:Patrick Lussier
クリームみたいにまっしろで、カステラみたいにしかくくて、
プリンみたいな あじもする、ケーキみたいな あじもする…

突然ですが、この歌ご存知ですか?
その昔、ひらけ!ポンキッキ内で流れていた、
(ポンキッキーズじゃないですよ?
その前身であるひらけ!ポンキッキの方です。)
「パップラドンカルメ」という歌の歌詞の一部です。

この歌は子どもたちの間で、
パップラドンカルメという謎のお菓子の噂に、
どんどん尾ビレ背ビレがついて広がってゆくけれど、
誰もそれを実際に食べた事がない…という事を歌った物で、
歌と共に流れる映像のへんてこさも併せて、
リアルタイム世代にかなりのインパクトを残し、
今も時々「パップラドンカルメって実在するの?」とか、
「元ネタになったお菓子は何なのだろう?」だの、
そんな話が持ち上がったりもします。

さて、なぜそんなお話を今するのかというと、
この歌は『未確認お菓子物体』の話題という事で、
噂が好き勝手に盛られてゆく滑稽な様を歌っている訳ですが、

この流れというものはまさしく都市伝説だとか、
そういう物が出来上がる構図と同じものなのですね。

世代によっては口裂け女だとか、
人面犬だとか小さいおじさんだとか、
その手のお話を思い出していただけるとよいかと思います。

今回紹介させていただく映画の題材である、
『吸血鬼』もそういう行程を経て生まれた怪物である…
という事はご存知でしょうか?


ところで皆さんは吸血鬼というとどういう姿を思い浮かべますか?
創作の題材としては相当魅力的な物ですし、
今もなお新しい吸血鬼キャラクターが創造され続けていますから、

思い浮かべるイメージというものは世代によって、
かなり変わってくるでしょう。

しかしパッと思い浮かべる
大凡のパブリックイメージ的なものとしては、
黒マント姿の顔色の悪い怪紳士という感じではないでしょうか?
所謂「ドラキュラ」のそれです。

けれど実はそのイメージも映画時代に入ってから造られた物で、
創作上のキャラクターである「ドラキュラ伯爵」のそれでしかありません。


吸血鬼伝承そのものはさらに古くから世界各地に広く伝わっており、
様々なかたちで語り継がれて来ていました。

姿形については大凡は生前と同じく人の姿をしていると言われていますが、
狼やネズミ、コウモリや蛇といった獣の要素を加えられ、
如何にも怪物然とした物として伝わっている場合もあります。

最古の吸血鬼映画、「吸血鬼ノスフェラトゥ」ではまさしく、
まるっきり怪物の姿で登場していますね。
(ちなみにねずみ男のデザインの元ネタです)


伝承によって姿形の差異はあれど、
「生き血を求めて彷徨う蘇った死者」という共通要素がありますが、
その「何故蘇ってきたか?」の部分が確固としたものとなったのは、
宗教活動が世界に根を張り始めた以降だと考えられます。

要はポピュラーな民間伝承を信心を促す手段として利用した訳です。

不信心な罪人は死後の安楽が得られない。
つまり不浄の魂が天国にも地獄にも行けずに死後現世に蘇り、
生き血を求めて彷徨うおぞましい化け物になってしまうぞと。

おそらくその際に各地でまちまちだった『設定』も整理され、
今に近い吸血鬼の「能力」や「弱点」が形作られたのでしょう。

当時最も学識があり、かつネットワークを持っていたのは、
宗教関係者に間違いありませんからね。

そういうのもお手の物です。

さらに時代が進み、それを創作物向けに換骨奪胎したものが、
例のブラム・ストーカーさんの「吸血鬼ドラキュラ」なのです。
ヴァンパイアハンターの道具関係の描写がかっこいいんです
またしても前置き長いですね。すみません。
いい加減本題に入る事にしましょうか。

今回紹介させていただく「ドラキュリア」。
原題は「DRACULA 2000」と言います。

邦題では微妙に変えられていますが、
普通にこれドラキュラさんが出てくる映画なんですね。

何故変えられたのか?という事については本編を見れば解ります。
ドラキュラという名もたくさんある呼び名の一つでしかないと、
ご本人が語る場面もありますしね。

おそらく国内の配給元さんはそういう部分を重要視したのでしょう。
わりとこの映画の根幹部分ですから。


さて、そこを踏まえて頂いた上であらすじをひとつ。


博物館の隠し金庫から銀の棺が奪い去られた。

だが館長のマシューは警察も呼ばず、
自分で片を付けると言い出し甥であるサイモンに留守を任せると、
一人どこかへ旅立ってしまった。

行き先も告げず、そもそも何を盗まれたのかすら、
自分に教える事もしないマシューの行動を不審に思ったサイモンは
その行き先を突き止めて後を追うのだった。

その頃、棺を持ちだした盗賊団は輸送中の飛行機の中で、
ついにその蓋を開け放ち、
中で眠っていた”もの”を目覚めさせてしまう。

それは全ての吸血鬼を狩り尽くしたヴァン・ヘルシングが、
唯一殺す術を見つける事ができなかった「真祖」ドラキュラであった。

その目覚めに呼応するように一人の娘が彼の姿を幻視していた。
夢と現実狭間の中、ドラキュラは娘に呼びかける。
「マリー…やっと会えたな…」


はい、あらすじここまで。
なるべくネタバレしないようにとなるとここまでが限界です。
ちょっとJOJOっぽい描写があったりもします
ある意味主人公はドラキュラなのでヒーローヒロインが揃ったカットなんですねコレ
この後はこのマリーをめぐり、館長マシューとサイモンが、
ドラキュラと戦うというお話となります。

そう聞くとアクション映画要素の強い映画かと
思われてしまいそうですが、
(いや決してそういう要素が弱い訳でもないですが)
実は今作のキモはそこにはありません。

ドラキュラは何故不死者となったのか?
そもそも彼は何者なのか?

つまり正体探しがお話の焦点となってゆきます。


ドラキュラも過去与えられた名前の一つでしかないという、
独自の着想からお話を広げ、彼がもつたくさんの「設定」が、
何故そうであるのかについて理由付けがされてゆく訳ですね。

その解釈はなかなか面白く、
諸星大二郎先生の漫画などが好きな方には
わりと楽しんでいただけるのではないでしょうか?

ただタネ明かしの部分が
ドラキュラ自身の独白でほぼ片付いてしまうので、
その辺りがサイモン始めとする主人公勢が
徐々にその謎に肉薄してゆき、
答えのあらましがぼんやりとなりに見えてくるぐらいまでなるとか、
そういう展開になっていてくれていれば、
もっとカタルシスが増したのではないかな?とも思います。

そこの部分が上手く行っていれば、
後年ヒットする「ダ・ヴィンチ・コード」などといった作品の
先駆けみたいな扱いになれていたかもしれません。

そういう意味ではミステリー映画寄りとしても、
アクション映画寄りとしても少し中途半端な部分があるのかな?
という気もしますね。

故にニューウェーブヴァンパイアムービーとして2年前に公開されている、
「BLADE」の影に隠れてしまった感があります。


とはいえその正体の解釈についてのインパクトはなかなかにありますし、
吸血鬼の能力描写も上手に今的(といってももう15年前ですが)に、
落としこんであって見応えがあります。

ドラキュラ映画としてのお約束もちゃんと外さず踏まえてありますしね。

なによりドラキュラ役の俳優さん、
ベラ・ルゴシさんと並ぶ2大ドラキュラ俳優である、
クリストファー・リーさんを今風(といっても15年前ですが)に、
したような顔つきで吸血鬼役がよく似合っています。


さらにヴァン・ヘルシングに纏わる秘密や、
結構倒錯したキャラクターの関係性だとか、かーなーりーライトノベル的な、
日本人受けしそうな要素満載ですので、一見の価値ありの映画ですよ。

製作総指揮でウェス・クレイブンさんも参加していますので、
相応のメジャー感と安定感もあります。


吸血鬼モノが好きだという方は是非手にとってみてください。
「こういうのも有り」感を存分に楽しんでいただきたいです。


では今回はこんなところで。
お付き合いありがとうございました。
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